
琥珀が北海にある島々の産物であること、それはゲルマニア人に「グラエスム」として知られていること、その結果、カエサル・ゲルマニクスがそこで分艦隊を率いて作戦指揮に当っていたとき、そこの土地でアウステラウィアといっているそれらの諸島のひとつが、わが軍によってグラエサリア<琥珀島>という別名が与えられた、ということは十分に立証されている。
カエサル・ゲルマニクスはローマの軍人で、ゲルマニアへ赴任し戦い、領土を広げた人物。
今となってはその島がどこかはわかりませんが、当時の事実の一つとしてこの話を聞いた話ではなく、自身の言葉として話しています。
そして、プリニウスさんはこう続けます。
話を進めて、琥珀は、樹液が過剰になるとサクラの木から樹液が、マツの木から樹脂が吹き出すのと全く同じく、マツの一種の内部から滲出する液からできる。
その滲出物は春の潮がそれを島々から運び去った後、霜によってあるいはたぶん適当の温度によって、あるいはまた海によって固体化される。
とにかく琥珀は本土の浜に打ち上げられる。
それはごく容易に流されるので、海底に沈まずに、水の中で浮動しているらしいのだ。
すでにわれわれの先祖たちもそれが木からのスクス<汁液>であると信じていた。
それでそれをスキヌム<琥珀>と名づけた。
それを出す木がマツの種類であることは、それを擦るとマツのような匂いがすること、そして火をつけると松明のように燃えて、同じ強烈な匂いの煙が出ることで示される。
すごくセンスいいですね。
琥珀は樹木から出る樹脂が長い年月をかけて化石になったもの。
マツの種類と話していますが、現在、琥珀の元の樹木の種類はいろいろあることが解っていて、現存している樹木もあれば絶滅してしまった樹木もあります。
埋もれてしまった樹脂が海流にのって移動し、海に浮動していることは以前話しましたが比重の問題にも絡み、実際に同じ動き方をします。
マツであることの説明も記されていて理解しやすいです。
それはゲルマニア人によって、たいていパンノニア属州に運ばれる。
そこからパンノニア人の直ぐ隣人で、アドリア海のまわりに住んでいる種族の、ギリシア人にエネトイ族として知られているウェネティ族によって初めて世間に出された。
パドゥス河と結びつけた話の理由は全くはっきりわかる。
というのは今日でも河の向こうのガリアの農婦は琥珀の珠を首飾りとして付けているのだ。
主に飾りとしてであるが、またそれが治療的性質をもっているからでもある。
実際琥珀は、扇桃腺炎とか他の咽頭の病気を予防する効果があると考えられている。
というのはアルプス付近の火はいろいろなふうに人間ののどを害する性質をもっているから。
パンノニア属州とは、ローマ時代、皇帝属州だった地域の名前で下記の地図がパンノニアの地域です。
en:User:PANONIAN, Public domain, via Wikimedia Commons, original data
[[Historic map - Roman Pannonia in the 1st century.]]
2つの湖が見えますが、上側が現在のオーストリアにあるノイジードラー・ゼー - ゼーヴィンケル・インフォルマツィオンスツェントルム国立公園、下側が現在のハンガリーにあるバラトン湖です。
ウェネティ族についてですが、アドリア海に住んでいるということと、ギリシア人にエネトイ族として知られるとあります。これは、今のヴェネト州(ヴェネツィア市のある州)の語源にもなったといわれています。
そして、そのあとのパドゥス河はポー川のこと。
プリニウスさんの言っているパドゥス河と結び付けた話の理由が全くはっきりわかるという意味は、琥珀のお話を始めたころのエリダヌス河=パドゥス河=ポー河のギリシア神話パエトンの話などのいろいろないわれは、アドリア海の周りに住むウェネティ族によって世に出され、アドリア海にそそぐポー河の向こうのガリアの農婦は琥珀の珠を首飾りとして付けていることから結び付けられたのだろうねということと思います。
ここで、琥珀はのどに良いと書かれていますがアルプス付近の火という件については、当時はこのように言われていたとしかわかりません。黄金琥珀の部分でも、首飾りとありました。
現在、琥珀について石に付けられた意味合いを調べてみると、あまりのどの関するものは見つからず、やはりお守り的なものが圧倒多数でした。
のどに関するものに関してブルー系の石がのどに関して意味合いを持つ傾向があり、コミュニケーション力向上・仲直りに良いなど人間関係に関するものにつながって解説されているケースが多くみられます。
…琥珀は完全に外れています。
ですが、美しい石をアクセサリーなどにするのはその昔の文化的習慣から納得ができることと思います。
琥珀は柔らかいため加工しやすく、その見た目の美しさと色のバリエーションもあり、女性たちが愛し、自身を美しく飾るものとしてお守りであり美であった、確固たる地位を持ち得たものと思います。
あとは、勝手な私の想像ですが、当時から高価な琥珀はステイタス性があり、男性からの贈り物としても存在していたのではないでしょうか?
ローマへネロ帝が催した剣闘士の演技の係を勤めたとき、彼が琥珀を入手するよう委託したローマの騎士が今もって存命している。-中略-その騎士がローマへ持って来たいちばん重い塊は13ポンドあった。
13ポンド。
1ポンドは5.8967キロ…
これ、琥珀の重さですよね…
持ったことのある方はわかると思うんですが、プラスチックのように軽い琥珀。
5キロってどんだけよ…
その生涯にいろいろ不吉なできごとがあった中で、ドミティウス・ネロは、自分の妻ポッパエアの髪に琥珀という名を与え、自分がつくった詩のひとつでそれを「スキヌス」<こはく色の> と呼ぶようなことまでやった。
どんな欠点でも、それが至宝であるかのように表現する言葉には事欠かないものだから。
その時以来身分ある婦人たちが、いまひとつの髪の色(黒髪と金髪のほかにという意味です。)があったといって、琥珀色に憧撮し始めた。
こはくいろ
好きですか?
私は大好きです。
そして、プリニウスさんへ一言。
人の恋路を邪魔する奴は馬にけられちゃうわよ(*^^*)
琥珀がインドでも産することは確かである。
カッパドキアの王であったアルケラオスは、それはインドからマツの皮がくっついたままの生の状態で持って来られ、子ブタの脂肪の中で煮沸して仕上げられる、と述べている。
インドというのは今でいう中国・ミャンマー産の琥珀かなと思います。
アルケラオスの話として、生のまま…というのは、とろんとした状態?(まさか…)木から引きはがした形跡=マツの皮がついてるから生なのか不明ですが、脂肪の中で煮沸というのは、脂がヒビに入り込んでそのヒビが消えて見えなくなるような今でもよく使われている手法で美しくしていたのかなぁと思います。
ただ生っていう状態がいかんせん不明なので、想像の域です。
琥珀の初めが滲出液であることは、アリとかブユとかトカゲというようないろいろなものが中に閉じ込められていて、外から見えるということからもわかる。
これらのものは、たしかに新しい樹液にくっついて、それが固化するとき中に閉じ込められたものに違いない。
これは虫入り琥珀のことですね。
その当時の姿をとどめて琥珀の中に時が止まって存在している虫や植物たち
絶滅種も存在しますが、このローマ時代に琥珀の中に存在していた”時”たちは、どんな姿だったのでしょう…
プリニウスの博物誌 琥珀 三部作 あとがき
下記にちらっとあとがき的な、私の想いを書かせていただきます。
パワーストーンという言葉。
この言葉、人によって認識がバラバラです。
よく、パワーストーンとかのあの意味は何なの?なんでそんなこと言われてるの?しかも願いが叶うなんて馬鹿じゃないの(笑)というセリフを聞きますが、人間の生活と心と文化と歴史が織りなすものをルーツとした”伝承”だと私は思っています。
美しい石に付加価値をつけて商売に結び付け、それが流布されることにより流行という文化的な背景が生まれる。
その文化が歴史上の人物の耳に入り、お抱えの伝記作家に美しい物語・もしくは悲しい物語として書かせ、自身を称える話として後世へ残す。
流行したからこそ、そこに同じ石の中でもひときわ美しい石が集まることになり、ときにそれを利用して美しい作品が人間によって創られ後世に残る。
それが作られた時の逸話なども同時に伝承され、良いも悪いも飲み込んで脈々と人の歴史は進んでいくのです。
プリニウスの博物誌の琥珀を取り上げたのは、プリニウスさんが生きた時代からこの部分に触れることができると思ったからです。
知識も世界の地図さえも、今とは比べ物にならないほどわからないことだらけのこの時代、今も昔も変わらない人の心の動きや歴史、彼の語る”聞いた話”と”彼の意見と見解”をもって今へと伝えてくれています。
”伝承”は彼の生きた、その時代からのタイムカプセルです。
今そのタイムカプセルを開けてみて、あっていることも間違ってることもあり、でもそれは当然。
時代はどんどん進み新しい事実がどんどん広がっています。
きっとこの先、今のタイムカプセルを開ける人がはにかみながら楽しんでくれる日が来るのでしょう。
そして私がプリニウスさんと対面して話すことができたなら、どんなに長い話になることでしょう。
三日三晩、語り明かす自信があります。
今一度、パワーストーンという言葉を考えてみます。
初詣。
今年は受験だから勉強頑張れますように・希望の学校に受かりますようにお願いし、お守りをいただくかと思います。
そしていよいよ受験の日が近づき、あ~もう気合が入らない!あとは神頼み!と、ゲームしちゃったりしますよね。
それでも親は心配して、合格鉛筆いただいてきたよ!とポンと渡し、やる気を引き出そうとします。
頑張る証としてお守りをもらう。
気合入れるぞ!という願掛け。
そして頑張ってみる。
でもうまくいかなかったりして嫌になっちゃう。
そこで周りが、ほらもう少しだよ、頑張んなよ!と言ってお守りを渡す。
だってあの神社のこの鉛筆で勉強すると合格するっていう話を聞いたから…。
確証なんてない。
それでも頑張る・頑張ってほしい…
自分や誰かに対する幸せを願うもの。
パワーストーンって本来こういうものではなかったのかなと思います。
対して、今のパワーストーンという言葉の意味合いは”怪しいもの””ぼったくり””お金払えば願いが叶う”という意味合いてんこ盛りなフィーリングがあります。
おかげで私、この言葉、嫌いになりました。
ブログは私が私である証の場所。
プリニウスさんの時代も、今も、変わらないもの。
それを私は伝えたかった。
そしてこの三部作に付き合ってくださった方が、それぞれの思いを抱いていただければ、私にとってそれが最高のプレゼントです。
それは、私の意見に同意してほしいということでは決してなく、これからの未来に美しい石たちが私たちにプレゼントしてくれるであろう、素敵な未来へつながっていくことです。
愛するプリニウス。
いつか私がそっちへ行ったら、話が止まらないから事前に2〜3日眠っておいて。
あと、おいしい飲み物も準備しておいてね。
私に素敵な時間をくれるあなたへ、尊敬と感謝こめて。
ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus、23年 – 79年8月または10月25日頃)は、古代ローマの博物学者、政治家、軍人。ローマ帝国の属州総督を歴任する傍ら、自然界を網羅する百科全書『博物誌』を著した。
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出典 プリニウスの博物誌(全3巻). (1986). 日本: 雄山閣.
プリニウス(23~79年→古代ローマ時代)が書いた”博物誌”
天文・地文・気象・地理・人種・人類とその発明・動物・植物・農業・造林・金属・絵画と顔料・岩石・宝石など生活に結びついたあらゆる分野を取り扱い、人類初の百科事典と言われます。
この中で、第33巻(金属の性質)・第34巻(銅)・第36巻(石の性質)・第37巻(宝石)が鉱物関連の記述です。
ここに書かれている石の話です。